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お別れの時がやってきた・・・自宅でみんなで過ごした4日間

  父が帰ってきてからと、病院の時も含めて、たくさんのお友達や同僚の人たちが、お見舞いにきてくれた。 みんな本当に心配してくれており、かわりはてた父の姿を見て、たくさんの人が涙を流していた。

 それでもみんなが、「がんばって元気にならんにゃいけんよ」 と父に声をかけてくださっていた。 父は最後まで、意識はしっかりしていたので、すべて分かっており、たまにうなずこうとするしぐさも見えた。

 痛み・呼吸困難の苦しみ・痒み・恐怖、をしっかり感じてしまうので、痛み止めのモルヒネで意識がもうろうとしてしまっていた方が本人的には楽になれるのではないだろうか・・・とおもった。 

 その反面、来て下さるお友達たちの声がしっかり理解でき、最後にみんなに逢えた喜びと、そして何よりも、その時誰よりも逢いたくて逢いたくて心待ちにしていた愛する孫が常に隣にいることを、ちゃんと認識できていた

 点滴による大量の補液がなくなったためパンパンに浮腫んでいた体から水が引いた。

 体から、水が引いたのと、家での滞在による精神的な安心感のためか、嚥下が困難になり、ステロイドの内服ができなくなってしまった以降も心配していた究極にひどくなる呼吸困難の発作もなくなった。

 家での父、母、なっちゃん、Papi, 私の5人の数日間は、父の苦しむ姿をみていると、かわいそうで涙が止まらなかったこともあったけど、とてもあたたかな時間だったと思う。

 父の変わり果てた姿を常に目の前にし、家でゆったり生活することで、その状況を受け止める心の余裕が少しだけ私も母もできてきたのではないだろうか・・・?

 

 父は7月11日(4日目)の朝、11時36分、息を引き取った。

 闘病中の苦しさと、死と直面する恐怖は、はかりしれないものであった。

 死ぬほど苦しいってどんなに苦しいんだろう・・・。

 死に対する恐怖は元気な今でも持っているが、自分がもうすぐ死んでしまうと確信した時の恐怖にはどこまでたちむかっていけるのだろう・・・ でも避けて通ることはできないものである。  と父の姿を見ながら自分に置き換え考えた。

 人間は生まれたからにはいつかは死が来る。それは避けては通れない。

 どういうかたちで、その死を迎えるようになるかは分からないが、いくら、辛いかたちであったとしても、それは通っていかなければならない道である。

 ということを父の死を通して改めて学んだし、自分の死に対する考え方がしっかりしてきたきがする。

 父の死後の顔は、苦しみで眉間にしわをよせ、こわばっていた顔から、穏やかないつもの微笑み顔になっていた。とうぶんそんな顔は見れていなかったので、少しほっとした。

 父の死はとても悲しかったけど、反面、苦しみから解放されて、今頃安らかに天国で過ごしているだろうとほっとする面もあり、複雑な気持ちであった。

20086_240 孫が抱けて本当によかったconfident

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コメント

みちりんださんこんにちわ。最新のブログ・・・お父さん亡くなったんだね。悲しい内容です。
僕は「死」についてこんな真剣にあんまり考えたことがなく毎日を過ごしてます。一日一日が一生懸命です。みちりんださんは強いですね。
ニューヨークで子育てがんばってるみたいですし・・・
関心します。がんばってくださいね。

投稿: スタンスパンクス | 2009年1月12日 (月) 09:20

スタンクパンクスさん、こんにちは。
やさしい言葉をかけてくださってありがとうございます。あなたのような優しい人が回りにたくさんいるので、つらいときはいつもその人たちに支えられてなんとかやっています。きっとあなたもたくさんの人を元気付けて生きていらっしゃるのでしょうね。

投稿: | 2009年1月13日 (火) 11:43

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